「昔なら、飲みに誘えばそれで関係が深まったんだけどな…」

そうつぶやきながら、私はオフィスを後にする。部下を飲みに誘うことに、かつては何のためらいもなかった。しかし今では、その一言が“パワハラ”と受け取られる可能性すらある。40代となった私、後藤悟志は、その現実と毎日のように向き合っている。

当時は、仕事終わりに飲みに行くのが「社会人としてのマナー」だった。飲みの席で上司の武勇伝を聞かされ、愚痴をこぼし、仕事の本音や悩みを語る——それが信頼関係を築く一つの手段だった。

だが今は違う。働き方改革、ハラスメントへの意識、そして何より若い世代の価値観の変化。定時退社が当たり前になり、プライベートを大事にすることが評価される時代。

かつての私のように、飲みの席を通じて仕事や人生を学んでもらいたい、そう思って声をかけたつもりでも、「飲みに誘われたのがプレッシャーだった」と人事に報告されてしまったこともある。

その一件以来、「もう自分からは誘わないほうがいい」と思うようになった。

自分の言葉や行動が、誰かを不快にさせてしまうかもしれないと考えると、口をつぐむしかなくなる。

だが最近、少しだけ希望を感じる出来事があった。

「課長、今度、飲みに行きませんか？」

そう声をかけてくれたのは、まだ入社2年目の若手社員だった。驚いた。まさか自分が誘われる側になるとは思わなかったし、何より、その気持ちが素直に嬉しかった。

彼曰く、「直接話した方が気楽に相談できる」とのこと。もちろん、お酒は無理に勧めないし、1時間だけという約束で行った。

形式ばらない、その場限りのちょっとした交流だったけれど、不思議と心が軽くなった。

気づいたのは、飲み会そのものが問題なのではなく、“関わり方”なのだということ。時代が変わったのなら、私たちも変わらなければならない。

ただ昔のスタイルを押しつけるのではなく、相手に合わせた距離感でつながっていく努力が必要なのだ。

「誘えない時代」だからこそ、声をかけてくれる部下の存在は貴重だし、何より救いになる。

人と人との信頼関係は、形式ではなく“気持ち”でつながるのだと、あらためて感じた。

これからも部下を無理に誘うことはない。でも、誰かが話しかけてくれた時には、まっすぐ向き合いたい。

たとえ時代が変わっても、人と人が理解し合おうとする気持ちは変わらないはずだから。